
カメラマンの川名マッキーさんに登場いただくのは、実は今回で二度目。一度目は2020年の春で、新型コロナウイルス感染症の拡大により緊急事態宣言が出されていた時でした。当時、外出自粛義務の影響で危機に陥っていた飲食店を助けるため、マッキーさんはテイクアウトメニューの商品撮影を無料で行う活動を敢行。自身の仕事も大変な時期にボランティアを始めた経緯についてインタビューしました。また100人の“変顔”を集めたユニークな写真集「百顔繚乱」についても採り上げました。
ところが、その取材から約2か月後、マッキーさんは人生を変える大きな出来事に見舞われます。仕事の打ち合わせから帰る途中の車内で急な目眩を覚え、意識を失ってしまいました。そのまま病院へと運ばれ、脳出血と判明。一命を取り留め、意識を取り戻しましたが、当初は“指示が入らない状態(話しかけても反応しない状態)”だったと言います。入院期間は6か月におよび、右半身の麻痺、構音障害(言葉を理解しているが、音を作る器官やその動きに問題があって発音がうまくできない状態)というハンデキャップを負いました。
自分の体の半分が、自分のものではなくなったような感覚だったと言います。また発症当初は構音障害のほかに失語症(話す、書く、聞くなど言語機能全般にわたる機能障害)、感情失禁(小さな刺激で過度に笑ったり泣いたりしてしまい感情の制御が利かない状態)も重なり、伝えたいことがあるのに上手く話せないことが大きなストレスになりました。退院後、しばらくしてからリハビリセンターに入院して治療を続けましたが、どこまで良くなるのか分からない状況の中でリハビリを続けるのは、心身が疲弊する作業だったに違いありません。
しかし懸命にリハビリを続けた結果、車椅子や杖があれば移動できるまでに回復。失語症、感情失禁は改善しましたが、右半身の麻痺と構音障害は以前のままでした。フリーランスのカメラマンという仕事は、体が資本の商売。障碍によって、仕事を失ったと考えることは当然です。実際、入院中にも多くの仕事依頼がありましたが、事情を説明した上ですべて断らざるを得ませんでした。これまで長年かけて築いてきた実績、信頼が、崩れ去るような思いだったことでしょう。
しかしマッキーさんが凄いのはここから。写真を撮ることを諦めませんでした。奥様に頼んで愛用していたカメラ機材一式を病院に持ってきてもらい、病院内の風景や人物の撮影を始めます。ただ、右手は一切使えません。一眼レフカメラのほとんどは両手で扱うようにできていてシャッターボタンが右側にあるため、構え方を工夫する必要がありました。横位置の写真を撮るために車椅子の上に左足を乗せ、その上にカメラを乗せて左手だけでシャッターを押す独特の撮影方法を編み出します。
心の支えになったのは、マッキーさんが“ねえさん”と呼ぶ奥様でした。食事や入浴などの日常生活を安全に送れるようになることが病院側の設定したリハビリの目標でしたが、奥様は“カメラマンとしての社会復帰”を念頭に入れていたのです。退院を間近に控えたタイミングで、古くからの仕事仲間から復帰後第一弾の企画として写真展の開催を提案されました。当初は「ありがたいけど、今の自分には無理」と思い、断ったマッキーさんでしたが、奥様からの励ましで一念発起。翌年春、ついに写真展が開催されました。奥様が綴るブログには、紆余曲折あった二人のやりとりが詳細に記されています。
2022年には「マッキー・マジック」と名付けたサイトを新たに開設。本人がカメラマンとして撮影するほか、初心者向けカメラ基礎講座(動画コンテンツ)、プロカメラマン養成講座を新たにスタートしました。ハンディキャップがあることを承知した上で、“やはりマッキーさんに撮って欲しい”と撮影を依頼してくれるクライアントがいるのです。プロ向けの講座を始めたのは奥様のアイデア。プロカメラマン養成講座は現在、0期〜3期まで終了し、17名の卒業生が職業カメラマンとしてデビューしました。
「マッキー・マジック」のサイト
https://mackykawana.com/
以前と同じように仕事することはできませんが、今もマイペースで仕事を続けています。昨年は脳にダメージを受けたフォトグラファー3人の作品を集めた写真展「No Damage,No Life. ~脳ダメージがあってこその、人生~」を開催。右片麻痺になってからこそ気付いたことがたくさんある、とマッキーさんは言います。そのひとつは、「日本にはバリアフリーの施設がまだまだ少ないこと」。電動車椅子でどこにでも出かけてゆくマッキーさんですが、移動の不便を感じる場所が少なくありません。
その一方で、奥様をはじめとする多くの人の親切に触れ、「生きていることそのものがありがたい。困難に直面しても、なんとかなるさ、という気持ちで臨めるようになった」とも。マッキーさんの生き方、仕事との向き合い方は今、多くの人に希望を与えています。