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称名寺

/金沢区の観光スポット

称名寺

/金沢区の観光スポット

横浜市金沢区といえば横浜・八景島シーパラダイスなどの観光施設、工業地帯が有名ですが、実は名所旧跡が多く残る歴史の街でもあります。鎌倉時代、幕府のすぐ隣にある港街として大いに栄え、江戸時代、明治時代になってからも観光地として、また外交の拠点として注目され続けてきた街なのです。今回は金沢区を代表する古刹のひとつ、称名寺を紹介しましょう。

称名寺は鎌倉時代、幕府の有力御家人だった金沢北条氏の祖、北条実時が開基した歴史ある寺院です。1258年に実時が居館内に建てた阿弥陀堂がその起源。2代顕時が菩提寺として受け継ぎ、3代貞顕の時代に七堂伽藍、庭園などが大幅に整備されて、現在の姿に近いものとなりました。

称名寺の入口である惣門(通称 赤門)をくぐるとひなびた景色の参道が延び、立派な仁王門が見えてきます。仁王門内に安置されている高さ4mの金剛力士像は関東最大の大きさで、鎌倉時代に彫られたもの。その迫力には思わず息を呑んで見とれてしまいます。

その先には、力強い仁王門とは趣の全く異なる、美しい庭園の景色が広がっていました。大きな苑池(阿字ヶ池)には、池の中央にある中島に向かう反橋と、中島から金堂(本尊が安置された建物)に向かう平橋、朱に塗られたふたつの橋が架かっています。仏殿の手前に大きな池を配置した、このような庭園は「浄土庭園」と呼ばれ、平安時代中期以降、盛んに作られました。全盛期の鎌倉時代には池の周囲と中島が白砂で埋め尽くされ、池の中には数多くの水鳥が放たれていたと言います。まさしく極楽浄土を思わせる壮麗な景色だったことでしょう。

金沢北条氏は、信心深いだけでなく学問の家柄としても知られ、実時や貞顕らは国内外から多くの文献を収集しました。収集した書を保管する書庫が、金沢文庫の起源となったのです。北条氏が滅亡すると文献の多くは各時代の有力者によって持ち出されてしまいますが、長い時を経て明治時代に伊藤博文らが尽力し、旧蔵書を回収。昭和5年に「神奈川県立金沢文庫」として復興されました。現在は日本最古の武家文庫として、称名寺が所有する国宝や重要文化財を保管、展示公開する歴史博物館となっています。

称名寺は駅やコインパーキングからのアクセスがちょっと遠い、正直言って穴場的なスポット。ですが、見事な浄土庭園は一見の価値があり、桜や桃の花が咲く参道や寺院の周囲を取り囲む「市民の森」なども、のんびり散策するのにピッタリです。

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